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シャネルのピアスを買取させて頂きました。~ココシャネルについて~


買取専門店ブランドスターズサンシティ池田店です。

本日はシャネルのピアスを買取させて頂きました。

シャネルの代表であるココモチーフのピアスです。

今回はシャネルのデザイナーであるココシャネルについてお話します。

ココシャネルは1883年にフランス南西部の祖ミュールという地域で生まれました。

11歳のときに母を亡くし、行商人だったアルベールとも離れることになり

孤児院や修道院で18歳まで育ちました。

その後はお針子の仕事をしながら1905年からは歌手を目指し

キャバレーで歌うようになりました。

コケッコウとトロカデロでココを見たのは誰という歌っていた曲の題名から

ココというミドルネームで呼ばれたのがココシャネルという名前のはじまりです。

歌手を目指しヴィシー政権が置かれたことで有名なフランスの保養地で

オーディションを受けますが歌手の道は断念します。

当時交際していたエティエンヌバルサンとともに牧場へうつり

退屈しのぎで作っていた帽子が認められ1909年に

パリ17区マルゼルブ大通り160番地に帽子のアトリエをつくりました。

1910年にはイギリス人の青年実業家アーサーカペルと交際し

パリ1区カンボン通り21番地にシャネルモードという帽子専門店をつくります。

本店を31番地に拡張し香水のNo.5を発表したことには

ミシアセールというサロンを主催する人物に出会います。

このサロンには画家のパプロピカソや劇作家のマリーローランサン

作曲家のイーゴリスストラヴァンキーなど名だたる人物が参加していました。

そこまで様々な人物と交際していました。

イギリスの大富豪であるヒューグロヴナーと1924年から交際し

このときにプレゼントされた多くの宝石からヒントをもらい

模造石でつくったアクセサリーを発表しました。

1930年にはハリウッドに招かれアカデミー主演女優賞を受賞するほど

名をはせたゴロリアスワンソンの衣装制作に関わりました。

大企業として成長していたシャネルでしたが1939年にはストライキが起こります。

労働環境を重視する働き手と苦労して地位を築いたシャネルとの考え方の溝が

埋まらなかったため対立することになりました。

その後は第二次世界大戦があったこともあり15年間ファッション業界から離れます。

1954年にはスイスでの亡命生活からパリにもどりファッション業界にも復帰しました。

ここからはココシャネルの名言を紹介します。

贅沢とは居心地のよくなることです。

そうでなければ贅沢ではありません。

20歳の顔は自然の贈り物。

50歳の顔はあなたの功績。

私は日曜日が嫌い。

だっ手、誰も働かないんだもの。

自分の手で逆境を乗り越え成功したシャネルだからこその

ハングリー精神や独自の価値は目を引くものがあります。

書籍や映画もたくさん出ているので気になった方は見てみてくださいね♪

11月13日には新店の豊中泉丘店がオープンします。 オープニングキャンペーンを行いますのでお近くの方はご来店お待ちしております。

ブランドスターズサンシティ池田店で買取したシャネルのピアスの写真


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